幻の終末小説を巡るどうでもいい話

2015年3月1日日曜日

教会生活あれこれ

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 ある教会で、「ダビデの幕屋の回復」運動が始まった。

 率先して導入したのはもちろん主任牧師。それまで知らなかったはずのその運動について、さも第一人者みたいに語りだす。「ダビデの幕屋というのはッ・・・、この終わりの時のッ、主の偉大なる御心だァ!!」(←ちょっとジョジョが入っている)

 それで教会の礼拝スタイルはガラリと変わる。姉妹たちは旗を振り、何人かの兄弟は輸入ものの角笛を吹き鳴らす。牧師はそれまで以上にウォーウォー叫ぶようになり、賛美チームは2時間ぶっ続けの演奏ができて「ほんとうに感謝です!」と泣き笑い。信徒らも「見張り番」とか「祈り手」とか役を割り振られ、深夜までその「礼拝」に付き合わされる。

 なぜそんな暴挙にガマンできるか? それは「世の終わりの主の特別な戦略だからッ!」(←やっぱりジョジョ)と言われて舞い上がっているから。自分たちを「特別に選ばれた群れ」と自負している次第。

 それで牧師は終末思想に憑りつかれていく。自分たちを「世の終わりをリードする先駆者ッ」と言って憚らない。
 そして先駆者として「この世」にインパクトを与えなければならない、ということで、患難時代に備えて今から農業を始めようとか、テレビ局をつくって世界中に発信しようとか、芸能界にも進出しようとか(←なんで?)、まあいろいろな事業プランを展開する(口で言うだけだけど)。

 そのプランの中の一つに、今回のタイトルにもある「終末小説」があった。
 牧師いわく、「自分には終末を駆け抜ける(自分たち)先駆者を題材にした小説のアイディアもある。もう構成は出来上がっている。残念ながら私に書く時間はないけどね」
 会衆の反応、「おおっ」
 さらに牧師、「その小説が出来上がったなら、映画化も視野に入るだろう。そうしたらハリウッドにも負けない大スペクタルになる」
 会衆の反応、「おおおっ」

 その「終末小説」の話を聞いて、大いに反応した一人の信徒がいた。彼を仮にAと呼ぶ。Aは30代の献身者。教会から薄給をもらい、ちょこちょこバイトもしながら、教会浸りの生活を送っている。食事はもっぱら近所の格安スーパーの総菜パンで、服はGUのセール品をごくたまに買うくらい。国民健康保険も年金も支払免除を受けている。本人に言わせると、清貧を絵に描いたような暮らしぶり。

 
 しかしAはかつて、作家になりたいと願っていた。学生時代にいろいろな新人賞に応募しては一次選考で落ちるという経験を持っていた(←つまりダメだったということ)。しかし教会で神に出会い、クリスチャンになって、以降は教会に全てを捧げて生きてきた。だから作家の夢もとうに諦めていた。

 そんな中で「大スペクタル終末小説」の話が持ち上がったのである。Aの作家魂に再び火が点いたのは言うまでもない。
「もしかしてこれ、『レフト・ビハインド』をも凌駕するインパクトを与えることになるかも?」と考えたかどうかわからないけれど、いつも控えめなAが牧師に猛アピールを始めた。
「先生、僕がその終末小説を書きます!」
「おお、そうか。じゃあさっそくやってみなさい」
「はい、では先生が作ったという構成を教えて下さい!」
「うむ。じゃあ今度時間を取ろう」
「はい!」

 Aの胸が珍しく夢で膨らんだ。いつも弟子訓練で牧師に怒鳴られてばかりだったけれど、ついに自分の能力(←新人賞の一次選考で落とされる程度の能力)を発揮できる時がきたからだ。「これぞ日本版『レフト・ビハインド』だ」とか、「恐るべき終末の啓示に満ちた小説」とか、そんなキャッチコピーが頭の中を駆け巡る。興奮して夜も眠れないくらいだった。

 で、牧師との約束の日時。沢山書けるようにノートとペンを用意した。牧師と対面。初めは世間話とか、最近牧師がどれくらい忙しいかとか、そういう話が続いた。そして待ちに待った瞬間が訪れた。
「じゃあ先生、終末小説の構成を教えて下さい」とA。
「うん、題名は『先駆者』にしようと思う。何か他にいいのある?」と牧師。
「いいえ、『先駆者』が一番いいと思います」
「うん、だろう? で、構成だけど・・・」
「はい」
 牧師は少し口ごもる。「ま、要はマタイ24章をなぞるってことなんだけどね
「はい」
 しばし沈黙。
 「先生、それでどのような構成で?」
ん、だから24章の流れだよ
「24章・・・」

 ハリウッド映画も凌駕する大スペクタクル終末小説『先駆者』の偉大なる構成の話は、そこで終わった。あとはどうでもいい世間話が続いた。Aは完全に茫然自失。

 Aは新人賞で予選落ちしか経験しなかったけれど、小説の基本はちゃんと学んでいた。「構成」が何なのか当然知っていた。だから牧師が「マタイ24章をなぞるってことだよ」と口ごもった時、Aは気づいた。
こいつ、構成なんて一つも考えてなかったな

 牧師に長年忠実に仕えてきたけれど、その時はじめて、Aは牧師の不誠実さに気づいた。皆を煽るためのデマカセを平気で口にしていることに気づいた。
 そして一つのウソに気づくと、後は雪だるま式にウソの数々を発見していくのだけれど、それはまた別の機会に紹介できればと思う。

 という訳で、超大作終末小説『先駆者』は幻の存在となった。以上はその顛末に関するどうでもいい話である。
 ちなみに多少の脚色はあるけれどほとんど実話である。そっちの方が終末的な話だったりして。(終わり)

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